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Minette 10th Anniversary [お店のこと]

9月15日(土)
本日ミネットは10周年を迎えさせて頂きました。
気が付けば10年経ってました?と言う感じですが10歳私も年を重ねました(笑)。
2008年に生まれたお子さんは小学4年生になられるくらいでしょうか?
10年が長いのか短いのかはよくわからないのですがもう10年経ったの?と言う感覚とよく10年も続けて来られたな?と言う感覚とが入り混じったそんな感じでしょうか?
どなたかが10年経ったら何か見えてくるらしいと聞いていたのですが残念ながら私にはまだ何も見えません(笑)。
10年前の今日も雨降りでした。
10年後の今日は降ったりやんだりのお天気でしたね。
氏神様に10年のお礼を。
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今回のブログはいつもにも増してロングロングなブログです。
10年分の回想なのでね。
何度かに分けてご覧ください。

少し振り返ってみようかと過去のブログを見てみました。
2008年6月初めころにお店をすることを決断したようです。
同月に物件を借りて最初の東白島町のお店を見に行っていました。
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この白い窓枠は今回の白島中町のお店に使われています。
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私がお店をする前にnami-nuiさんというお店があって私もたまに訪れる人でした。
このnami-nuiさんのお店の窓付き仕切りをそのまま使わせて頂いていました。
お店をしようかな?とぼんやり頭をよぎった時にnami-nuiさんに聞きに行ってみようと訪れた時、移転されると言うお話をお聞きしてこの物件が空くことを聞きました。
それから少し考えましたが結局物件探しをすることなく、この東白島の物件を借りることになりました。
多分今思うと少しづつ何かに背中をポンポンと押されて動かされるようにお店をオープンすることになったようなそんな気がします。

2007年12月にこのお店を始めるきっかけとなった与論島に一人旅に行き、でもその時は何か自分でやってみようと思ったぐらいでお店と言うのはボンヤリとした中のひとつだったように記憶しています。
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2008年になってから会社の有休を使ってのんびりしていたと思うのですがお店をしようとか確定していない時に「妄想ノート」を作って色んなことを書き留めていました。
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この妄想ノートはお金のことも何をするかも自由な架空の妄想なので好きなことを書き留めスクラップしています。
だからカフェ構想やパンを置くとか妄想が膨らみまくった自由なノートです。
※実はパンも少し習いに行った・・・でも喋ってばかりいる先生だったのでパンの作り方は覚えてない・・・。
あの5坪にも満たない小さなお店でお茶出したいとか2席くらい作れないかとアレコレ本気で考えてもいました。
※だから食器も実は少し買っていた・・・。

与論島から帰った私は多分自分では一生そんな自分には出会えないと思っていた最高にポジティブな自分に出会えた時期でもありました。
子供の頃から静かにしているような自分に自信のない子供でそれは大人になっても続き、そんな私だからか?そう言うのを感じやすく拾いまくっていた性格だったからか?
自分自身の中では結構傷つくことが多かったように思います。
でもそうは言っていても段々と社会の荒波にも揉まれたのか???段々と強くはなって行きましたでしょうか?(笑)
今思ってもそんな私がお店を始めるなんて青天の霹靂でしょう。
正直そんなこと一度も考えたこともなく、若い頃はある程度働いたら結婚して2人位の子持ちになる位の昭和な考えの私でした。
だからこの歳まで結婚もせず、お店をしているなんて10代20代の頃の自分はⅠミリも考えてもなかった。
あー恐ろしい(笑)。

ただこの人生最高のポジティブ状態の時に何かをしなければ多分私はもう何もしないだろうなと感じ、トリャー!とお店をほぼ1カ月で立ち上げることとなりました。
人生は魔物が住んでいますね。
ただ目的の出来てしまった私は猪突猛進状態となり、周りが休んだ方がいいと心配するほどそのオープンまでの1カ月は広島も飛び出して前だけを向いて走っていたように記憶しています。
なので10年前のオープンの日は午後から眠たくなって口数が減っていたかも。
雨降りの東白島町のオープン日でした。
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袋町と白島中町のお店は図々しくもお客様にお力をお借りして内装等をして頂きましたが最初の白島のお店は前の会社の同僚とペンキ塗ったり、値付けや検品をしてもらって何とかオープンに漕ぎつけた感じでした。
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オープン準備があまりにも楽しくて、やった事の無いことをひとつづつ完成させていくことの楽しさを知りました。
今もずっと使っている文房具が並ぶ4枚の棚板も元同僚の知り合いの方に紹介してもらって買いに行き、塗装を自分でしました。
棚板一枚入れただけでいっぱいになる今よりも更に更に小さなお店でした。

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看板はnami-nuiさんの知り合いの方にホームセンターで材料を買って頂いて、初対面でしたが私のパリの街角イメージを写真と共にお伝えして看板を作って頂きました。
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※パリの街角というイメージは最初から一貫しています(笑)。
それを私がペンキで塗装して、お店のロゴも手描きで書きました。
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取付けも看板を作って頂いた方に付けて頂きました。
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東白島町のお店をご存知の方はおわかりでしょうが5坪なかったように思いますが狭小店舗だったのでとにかく何か作業をするとギュウギュウになっていました。
そんな店舗内で準備中にご飯食べたりしていたことを後でお店に来られたお客様から見ていたと言われ・・・油断しすぎていた自分に反省した次第です。

前職は様々な担当の仕事を持っていましたが販売促進部で媒体の担当もしていたのにも関わらず、準備の楽しさに意識を持っていかれてタウン誌さんなどへの告知をすっかり忘れて・・・こんなA4一枚のオープンのお知らせを貼るに留まり、オープンしてしまいました。
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ホームページも作ったけどホボ白紙のようなホームページでした。

そんなこんなでお店を始めたわけですが何せやった事の無いことを短期間のうちに始めてしまったものですから無我夢中なだけで、これでいいのか悪いのか?分からず日々過ごしていたように記憶しています。
ひとつひとつその場その場で向き合いながらのお店のスタートでした。
お店を始める前に色んな担当の仕事をしていましたがその時はどれも中途半端だなぁと感じていたけれど、その様々な経験があるからこそ恐れることなくどんなことにも向き合えたようなそんな気がしています。
人生に無駄なことはないと言いますが正にそれを実感することとなりました。

そんな少しづつ手を加えていった小さなお店は2011年11月に突然の出来事に見舞われて一時閉店することとなりました。
当時は仲の良かったお客様には事実をお伝えしていましたがブログにそのことを書くことや誰にでもその事実を伝えることはしませんでした。
ですので何で突然の一時閉店を謎に思われた方もいらしたのではないかと思います。
もうあれから7年も経ちましたので時効と言う事で???このブログに少しだけ記しておこうと思います。

借りていた店舗の二階に住まわれていた方の漏水が原因でした。
ご高齢になられ少し様子に変化が出ていたのですがある朝、お店に向かおうと横断歩道を渡る手前でお店のシャッターが開いていることに気付きました。
当店の隣でお洋服のお直しをされていた方から一部店舗をお借りしていた形でお店をしていたので鍵は持ってて下さっていたのでいつものように届いた荷物を入れて下さったのかと走ってお店に近づくと天井からザーザーと水が降り落ちていました。
一瞬、何が起こっているのかが把握出来なかったのですが我に返り、出せる荷物は外に出し、水の出ている二階に上がり新聞紙などを敷きましたが後の祭りという状態でした。
呆然とはこのことでした。
その日は慌てて暫く休店のお知らせをTwitterでしたのを覚えています。
そのつぶやきを心配してすぐにお店に来てくださった方やその後数日、パトカーがお店前に停まっていたりで泥棒に入られたのかと思われたのか?お花を届けて下さる方もおられて本当にその温かなお気持ちに少し気持ちが救われた私です。
ミネットのお店の出来事としてはとても大きく落ち込むそんな出来事でした。
水のしみ込んだ天井の匂いのする店内でこれからどうしようかと思い悩んだ数日でした。
お弁当を作る気力もなく、白島の5feetcafeさんのテイクアウトのお弁当を買って公園で途方に暮れて、涙を浮かべながらひとり食べたお弁当でした。

その後色々とあり、結果店舗を出ることとなりました。
ただあまりに急な事で移転先も探さないといけない状況となりました。
11月の中旬位にその出来ごとがあってから月末までにはもう結論を出さなくては行けなくて12月に入ってからすぐにお客様に引っ越しするけどいつどこになるかは分からないと言う謎なお知らせとなりました。

ただ一部のお客様からは「今がきっとステップアップの時期なのかもよ!頑張って!」と言うような内容の励ましのお言葉もかけて頂いて、自分としてもそう思うしかなかったけれど居心地の良かったこの小さなお店を離れることはとてもとても寂しい出来事でした。
その後、12月の定休日には寒空の中、自転車で様々な場所を走って物件探しをしていました。物件じゃないけど空き家っぽいところとかも見つけようとしました。

結局、白島に居る間には物件は見つけることが出来ず、一旦荷物を家に引き上げることに。
引っ越しを手伝った下さった助さん格さんありがとうございました。
その時に次で使えるかもとこの白い窓枠を外してもらっていました。
袋町では使わなかったけれど今の白島中町のお店に見事に復活させて頂けました。
2011年12月末で最初の東白島町の営業は終わりました。

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次の移転先の物件探しも不動産屋さんにもお願いしていましたが私の予算が低かったので(笑)、ある不動産屋さんからは「絶望的です」と告げられました(笑)。
でもその後、その絶望的と言われた不動産屋さんから移転先となる袋町の物件を紹介されました。
実はその前に一件だけ京橋のレトロビルの2階の物件を見に行っていました。
予算内でしたがお客様に来て頂ける自信がなくお断りしていました。
ただ袋町と言う街があまりにも街中過ぎて怖かったのとミネットのイメージとかけ離れていないかと言う心配もありました。
何度か人通りを見に行ったり、二階に上がってお隣の古着屋さんを外から見たりしたのを覚えています。
暫く悩みに悩みましたがこれまで自分でも見つけられず不動産屋さんからもほぼ連絡来ずで、一度袋町に行ってみよう!二階で外から全然見えないし、東白島のお店も間口が狭すぎて見落とされてばかりだったので当店に気付いて下さった方だけに来て頂ければ良いかな?と隠れ家のような雑貨店になろうと気持ちを固めました。
物件を決めるまでの数日は本当に胃が痛かったです。

丁度、袋町の物件を決めるかどうかと言う時期に八丁堀にあったno.89さんの貸しスペースでSi-Si-Siさんの春のお洋服の展示販売会をしました。
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引っ越す予定も考えていなかったので既に春のお洋服の注文もしており、ただネットショップだけでお洋服を販売するのは難しいと考え、no.89さんを2日お借りしたのでした。
デザイナーの平井慶子さんも私からお願いしたわけでもなかったのに「行きます!」と言って頂いて、広島に来て下さいました。
本当にありがたいことでした。
様々に方に助けて頂いて今のミネットはあります。

袋町のお店は急な事でどうやってお店を作って行こうかと考えました。
お金もそんなに出せないし、集まって下さるかどうかは分からなかったけれど、図々しくもボランティアとして一緒にお店を作ってもらえないかとブログとツイッターで募集を開始しました。
結構すぐに返事を下さる方たちがおられて何とか出来そうな予感がしてきたのでした。
本当にお手伝い下さった皆様ありがとうございました。
袋町のお店は紫の間と私は名付けていたのですが壁が前面紫でした・・・。
とにかく真っ白な箱にすることを目標に下記の工程で袋町店舗づくりはスタートしました。
天井を白いペンキで塗り、壁を家庭用漆喰で塗り、床の糊はがしの3工程でしたかね?
フィッティングルームのカーテンを下げるモノやその台座、棚板の取付けなどの大工仕事は東白島の時に看板を作って下さった方にお願いしました。
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その時のことはブログに書いています。
お時間ある時にご覧ください。
https://minet.blog.so-net.ne.jp/archive/c2306127356-1

ただオープン後にはやはり広島では一番の街中辺りに出たものですから色々とご意見は頂きました。
移転の理由も明かしていなかったこともあったとは思いますが「儲かったんじゃね」とか「打って出たね」など・・・事実とは程遠い言葉に当時はかなり凹みました。
新しい場所でお店をすると言う不安やお客様は来てくださるのだろうかと言う不安が満タンで無理にでも自分の気持ちを奮い立たせていた私には悪気のない言葉ゆえに気持ちの生傷絶えずな時期でした。

袋町に移転して3年が過ぎた頃、白島に戻りたい気持ちが膨らんでしまい、駐車場を白島に借りたままにしていたので袋町に行く前に自転車でまた物件探しを静かに始めていました。
いずれ店舗と住まいが一緒なら良いなと考えて小さな戸建てを中心に探していました。
2軒小さな戸建てを見に行きましたがこれこそ皆さんが言われる縁がなかったと言うことなのでしょうか?
私がぐずぐずしている間に決まっていたり、別の方へ決まったりとそれはそれでガッカリな日々でした。
今の物件は全くノーマークエリアで不動産屋さんから紹介されたときは「そんなところにありました?」と思ったくらいです。
だって白島と言う街をタテとヨコとに道と言う道はくまなく自転車で走っていたので私。
でもこの物件探しの間にも沢山の方にお力をお借りすることとなりました。
本当にありがとうございました。

2016年の夏に現在の白島中町の物件を見に行き、その日に決めた私でした。
その日には決めたけれど今後のことを考えるとアレコレと胃が痛む日々でした。
ただ決めたのはいいけどお店作り(内装等)をどうして行くのかな???と又もや行き当りばったりの私なのでした。
そんな時にこれも何なのでしょうか?
神様が告げてくれたのか???
ある日ある方からのメッセージでした。

この白島中町の店舗づくりをして下さった方のおひとりからのメッセージでした。
白島中町の物件が決まったことをお知らせしたのですがその方が建築の事を教えていらっしゃると言う薄~い情報を私が聞いていたので内装や外装に関する質問をその場で返信しました。
そうしたところ実務経験はないので思うようなお店にならないかもしれませんが出来ることがあればお手伝いしますと返信が返ってきたのでした。
私もその時はその後今までの店舗とは違いものスゴイ工程が待っていることを想像せず、私の出来ない大工仕事的なことをお願い出来たらなぁ~と軽い気持ちでお願いします!と返信したのでした。

それからもうお一人、女性の力強い方が加わって下さり、一緒にお店作りを考えて下さる事に。
何度か3人で夜集まって私の希望を聞き取りして下さりつつ、プランを考えていきました。
床材を剥がすところから始まり、天井・壁のペンキ塗り、フローリング貼り、外壁のカットから塗装、設置まで。
看板も私が書く予定でしたがお尻に火が付いていたのでこちらもお願いすることに。
ただ今回の店舗づくりは当初私が簡単に考えていた内容の想像をはるかに超える大作業に・・・。
仕事帰りやお休みの日、有給までつかって下さって・・・感謝のお返しが見つからぬままですがいつかいつか何か私に出来ることがあればダッシュで走っていく気持ちはいつも持っているつもりです。
お二人以外にも作業やアドバイスなどを沢山の方にして頂き、手伝って頂いてこのお店は出来上がりました。
大切にしていかないといけないと心底思っています。
もう移転して2年経ちますがまだその時のブログを書けないでいます・・・。
詳しくはいつか書くであろう「白島中町のお店が出来るまで」をご覧いただくことにします。
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10年の間にはここには書ききれない出来事も沢山ありました。
お店を始めて良かったと思う事の一番大きなことは人との出会いであると思っています。
もし会社員をそのまま続けていたら出会う事のない方たち。
そしてお店の中で言うと商品との出会いもそうです。
素晴らしいモノづくりと気持ちの良い対応の仕入先様に出会う事もお店をしていて楽しさや嬉しさや発見などが沢山あります。
オープンからやオープン当初から長くお付き合いをさせて頂いている仕入先様も多く、こちらも人と同様に私の中の宝物であり、財産だと感じています。

人生に山があり谷があるように、お店もきっと同じように良いこともあれば苦しいこともあります。
お店をすると言う事は始める前に想像していたより想像をはるかに越す日々でした(笑)。
事業計画書風なモノもお店を始める前には作ってみましたが当初無休で営業してもマイナスになるような計算結果に無理なのかも???と現実を突きつけられた私なのでした。
お恥ずかしいですが10年やったからと言って私の場合は新人のままのような状態です本当に(笑)。
少しでも何かが私の中に積みあがっていると良いのですが・・・。
お店作りの本で読んでいた継続の大変さを続ければ続けるほど実感する日々です。
会社員が楽とは言いません。私はどちらも経験したので。
でもやはり会社員時代は守られていたんだなと今は思います。
有休あり、ボーナスあり、保険も。
そして毎月お給料を頂けていたと言う事でしょうか?

あと一番の違いはすべての事に置いて自分が考えて「決定」を自分自身がしなければならないことです。
会社員の頃は社長や上司ありで決定は委ねることも出来ましたが今は自分がするしかないと言う事でしょうか?
どう転ぶかわからない事への決定は時折勇気が必要なこともあります。
今までとは違う事を日々受け止める精神的体力と金銭的体力も必要だと思いました。

話が反れるかもしれませんが以前に読んだ「F.O.B COOP」オーナーの益永みつ枝さんのインタビューがお店を始めて私も実感することのひとつだったかもしれません。
私のような世代からは雑貨と言えば王道のショップ「F.O.B COOP」の閉店のニュースは個人的には残念であり寂しい時代になってしまったと言う感想でした。

「どのお店で買うかを選ぶと言う事。」
「どんなものをどんな風に食べるのか? 何をどこで手に入れ、どう使っていくのか? そこには自分の美学があるのか?」
時代が違うと言えばそれまでですが私自身も売る側と言う立場だけでなく、買う側としてもしっかりと考えて行きたいことのひとつだと感じています。
https://roppongi.keizai.biz/column/26/

そんな初めてのお店をすると言う事から気が付けば10年経っていた・・・と言う「気が付けば」の一言が一番しっくりくる感じでしょうか?

ただ10年お店を続けることが出来たと言うのは当店を応援して下さった皆様があっての10年と言う事はハッキリと実感しています。
目に見える応援も沢山して頂いていますが私の気が付かないところできっと応援をして下さっている方々も沢山いらっしゃると思います。
でなければ当店のような小さなお店が今日の日を迎えることはなかったと思います。
これまでの私の人生の中でも本当に沢山の宝物を頂くことが出来たこの10年と言う月日はMinetteという雑貨店を始めたことは間違いではなかったのだと言う確信に変わりました。
本当に当店に関わって下さった皆様ありがとうございます。
逆立ちしても皆様にお礼の気持ちを表せません。

お店を始めて月日が経つにつれ、そんなに長く出来なくても、こんなことをしでかした自分を褒めてやればいいじゃないかと当初は思っていましたが人と言うのは欲深いものだと思います。
もう少しだけもう少しだけお店を続けていたいなぁと欲が出てくるのです。

これから先、どの位お店を続けて行けるのかは私にも分かりません。
毎月毎月ハラハラしながらの10年だったように、それはこれからも続けている間はそんな日々だと思います。
毎月が勝負の繰り返しと言う感じでしょうか?

多分、自営業ということをやった事のある人にしか分かる事のない醍醐味と喜びと達成感、そして怖さとの闘いであると思います。
自分の思いや努力だけでは続けることは難しいのだと思います。

10周年の当日は節目と言う事で何十年かぶりに着物を着てみました(笑)。
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この先、次の節目の年までお店が続けられるかどうかの保証もありませんので取り合えず気持ちを正すと言う意味も含めて。
同級生に着付けてもらいました。猫の帯はその同級生が持って来てくれました。
沢山のお花やお祝いも頂きまして、本当に本当にありがとうございました。
しみじみと温かな皆様のお気持ちを感じたMinette10歳の誕生日でした。

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